◆【論文】ステレオカメラを有するハイテク歩行器『ひとみライト』
ステレオカメラを有するハイテク歩行器
ひとみライト
○森英雄(NPO法人歩行ガイドロボット)、丹沢勉(山梨大学工学部)
要約

ある。利用に先立ち道順を晴眼者がティーチング(登録)する。視覚障害者は自宅の玄関などの出発点に歩行器を置き、道順を選択してから、歩行器につかまって歩きだすとイヤホーンから音声またはビープ音で案内を出す。
案内は、歩行につれて"左側に塀がある"、"塀の終わり"、"交差点"などと、環境の説明をするものと、歩行器が現在位置を確認するための目印として、"左側に電柱"、"塀の終わり"などがある。
ビープ音の"ぽー"(700Hz、1秒)は止まれの指示で、"ポッポ"(500Hz、0.5秒間隔)は右によれの指示である。"ピッピ"(300Hz、0.5秒間隔)は左に寄れの指示である。
1.構造
図1(a)はハイテク歩行器「ひとみライト」の正面図、(b)は背面図、(c)は後輪に接触させたシャフトエンコーダの図で、これで歩行距離を計測する。歩行器(島製作所サニーウォーカ)にステレオカメラ等を取り付ける。高さ83cm、幅43cm、奥行き52cmである。装備を載せて、重さ8kgである。ノートパソコンは、Windows7,core-i5である。背面図の下方にある袋に入れる
ステレオカメラ(山梨大学丹沢研)[1]は、正面図のハンドルの前にとりつけてある。水平画角52度、左右カメラ間隔200mmである。測距精度は5m先では、奥行き方向100mm、水平方向35mmである。歩行器の高さ83cmの位置に俯角8度で取り付けてあり、路面からの高さ15cm以上で2m以下の範囲にある障害物を検出する。ステレオカメラのシステムはPCのソフトウエアで作られている。1回の距離画像取得と音声発話に320msを要し、CPU使用率は78%である。
ソナー(超音波センサーURM7)は、ステレオカメラが検出できない1.5m以内の障害物を検出する。
コンパスは磁気方位計(Haneywell HMC5883L)である。磁気方位計の基板の取り付け角度は、常時補正している。
ソナーと磁気方位計は、ステレオカメラの上の小箱に入れてある。
2 ステレオカメラ
図2はステレオカメラの処理画像である。左上の画像は右カメラの画像である。左下は距離画像
である。距離画像は、1024×768画素の画面を8×8の枠で右カメラと左カメラで照合して、左カメラの枠をどれだけ移動すれば右カメラと一致するかを調べ視差を求める。距離画像の図は視差を検出した点の図である。視差検出点を視差の大きさに応じて色分けしている。赤は2m以内、黄は3m以内、緑は6m以内、青はそれ以上である。左側のフェンスは黄、緑、青で、街路樹は緑で表されている、図2の右の画像は距離画像の垂直投影画像で、2つあり、左は1mから6m付近まで、右は20m以上の遠方まで拡大している。垂直投影画像は、視差検出点を路面から高さ15cmから2mの範囲で垂直投影し、視差検出点の数の多さに応じて、赤から、黄、緑、青の順に表示している。左の垂直投影画像では左側のフェンスが斜線状に表され、街路樹が右側の5mから6mの間に表示されている。垂直投影画像の下に2つの小さな画像がある。左は障害物検出された路面の画像で、右は障害物のない路面の画像である。
3 歩行区間
衝突危険区間は、歩行器の横幅43cmの前方に伸びる区間である。ここに障害物検出点の数が閾値以上ならば、そのまま進むと障害物に衝突する。この閾値は視差検出のミスマッチを除去するために設ける。
障害物の警報音は、視差検出点の位置を危険域(1m以内)、警告域(2m以内)、注意域(3m以内)と3段階に分け警報音を変えている。それぞれの域の値は、歩行速度が速くなると、大きくしている。
歩行可能区間は歩行器の左右にあり、ここに視差検出点があるときは、それがなくなるように右または左に寄らなければならない。この区間の設定は歩きやすさと自動車等との接触危険性のトレイドオフで決まる。
目印検出区間は、歩行区間の外側に一定幅で設ける。この区間に障害物点が続けば塀やフェンスなどがあると判断する。塀やフェンスが消滅した点は目印になる。またこの区間に視差検出点が孤立してあれば、電柱や街路樹などの目印である。
4 音声指示
ハイテク歩行器は、音声で視覚障害者に出す指示を、次のように決めている。 衝突危険空間で出す指示は、障害物に接近したとき出す音声"3m先注意"、"2m先注意"と障害物の直前で出すビープ音"ポー"である。
歩行空間で出す指示は、右に寄れを意味するビープ音"ポッポ"、左によれを意味する"ピッピ"である。
目印空間で出すのは、"左に塀がある"、"右に塀がある"、"塀の終わり"、"広場か交差点"、"左に電柱"である。
5 経路情報
経路情報は、ステレオカメラの「歩行区間」と「見印検出区間」のデータに加えて、位置方位データ(x、y、θ)を用いる。位置方位データは、磁気方位計と左右のシャフトエンコーダから算出する。
経路情報のコマンドは、歩行、ターン、発話、一時停止、経路終了からなり、英数字で表わす。
歩行は、WS,WM,WEの3つのコマンドからなる。
MSは歩行区間の最初を規定し、3つのパラメータで表す。一つは歩行区間の始端の位置と方位で、二つ目は、道路境界の右側に沿って歩くか、左側に沿って歩くか、道路境界なしで歩く(真っ直ぐ歩く)、を指定する。道路境界ありと道路境界なしを組合わせると、塀が途切れたり、白線が不明瞭な道路でも経路情報が作れる。三つ目は、道路境界の種類で、フェンス、白線の外側、白線の真上、白線の内側を指定する。WMは、位置を補正する目印を規定する。2つのパラメータがあり、一つは目印を検出する位置と方位、二つ目は目印の種類、すなわち塀の出現、塀の終わり、左側の電柱、右側の電柱を指定する。
WEは、区間の終わりを規定する。パラメータは一つで区間の終わりの位置と方位である。
ターン(左折またはで右折)のコッマンドはTで表す。パラメータはターンした後の方位である。
ステレオカメラは1.5m先しか見えない。また、距離画像取得に320ms要するので、時速3キロ(秒速83cm)で歩くと、ステレオカメラの誤差に83cmの誤差が上乗せされる。
7 ティーチング
ハイテク歩行器は ナビゲーション、シミュレーション、ティーチングの3つのモードで動作する。
ティーチングモードでは、オペレータ(晴眼者)はPCを起動してからPCを背面の袋に入れて、テンキーで情報を入力する。
システムを起動すると経路番号は聞いてくるので、番号を入力する。次に “ナビゲーションは1を、シミュレーションは2を、ティーチングは3を入力”と発話する。3を入力するとティーチングが始まる。
オペレータはハイテク歩行器を出発点におき、進行方向に向ける。ハイテク歩行器はコマンドを聞いてくる。“1はウオーク、2は曲がる、3はストップ、4は話す、5は方位、6は終了”と発話する。
1のウオークを選択すると、“1は道路の左側を歩く、2は右側、3は真っ直ぐ”と発話するので選択する。次に目印の種類を聞いてくる。“1は目印なし、2は塀の終わり、3は塀の始まり、4は左に電柱、5は右に電柱”と発話する。歩行器の(シャフトエンコーダによる)距離計測の誤差は、路面によって異なるが、舗装道路で誤差は距離の0.5%である。
目印として「塀の終わり」を選択したとする。ここでオペレータは歩行器を押して歩き出す。出入り口など塀の終わりの条件を満たすものは何であっても、それを目印とするか否かを “1なら目印、2なら違う” と尋ねてくる。正否を尋ねる理由は、目印は歩行区間中に幾つあって良いからである。歩き出すと次の目印の有無を聞いてくる。一つの区間で道路境界(左側、右側、真っ直ぐ)が連続しているなら、次の目印を複数選んでも良い。目印なしを選択すると、“区間の終わりに来たら1を押す”と発話する。区間の終わりに来ると次のコマンドを選ぶ。 経路の終了を選択すると、歩行器は経路情報をテキスト形式で記録し、ティーチングは終了する。
8 ナビゲーション
歩行器はティーチングで作成した経路情報を読み取とる。利用者は歩行器を出発点においてシステムを起動する。“左側の塀に沿って”、"歩行開始"のように発話する。
経路情報の位置と方位は(x、y、θ)で表す。xとyはティーチンした時の出発点を原点とする直交座標の値で、y軸は歩行器の正面方向(ヘディング)である。
8.1 真っ直ぐ
ティーチングした区間が“真っ直ぐ”の場合、歩行器につかまって歩きだすと、右また左側にそれる可能性がある。歩行器は左右のエンコーダの距離計から現在位置を算出し、その地点が始端と終端を結ぶ線分からからどれだけ離れているかを計算し、歩く方向を“右”、“左”を発話する。利用者は歩行器のハンドルを操作して向きを調整して歩く。
歩行器は終端の150cm手前まで近づくと“そろそろ”と発話し、20cm以内に到着すると“区間の終わり”と発話する。
歩行器は常に終端までの距離を計算している。距離は歩行につれて減少するはずである。利用者がハンドル操作を誤り、終端を通り過ぎたときは、その距離は増加に転ずる。歩行器は“遠ざかる”と発話する。“右”または“左”の発話に基づいて歩くと距離は減少に転じて“近づく”と発話する。
障害物が歩行器の前方にあるとき2段階の警告を出す。2m以内にあるときビープ音“ポー”を出す・3m以内なら“3m先注意”と発話する。また、左側の塀などに近寄りすぎると“右”、右側の塀などに近寄り過ぎると“左”と発話する。
8.2 左または右側を歩く
区間が“左側を歩く”または“右側を歩く”の場合は、塀やフェンスに近寄り過ぎたり離れ過ぎたりした場合、ステレオカメラは警報を出す。利用者は歩行器を左または右に寄せなければならない。歩行器を左右に寄せる場合と左右に向ける場合は音声指示が異なる、左に寄せる場合は”チッチ“とビープ音を鳴らし、右に寄せる場合は”ピッピ“と鳴らす。利用者は歩行器の前輪を接地したままハンドルを少し持ち上げ後輪を浮かせて、右または左に並行移動する。シャフトエンコーダは後輪についているので、歩行器は位置が変わったことを検知しないがステレオカメラは変化を検知し警報を出さなくなる。
一方、“左”または“右”の発話で左/右にハンドルを向けて歩くと(左/右のエンコーダの回転数の差で)歩行器の横方向の位置が変わる。
道路の右側または左側を,塀や白線に沿って歩く場合も、目印を用いる場合も、真っ直ぐ歩く時の機能は適用される。
歩行器のシャフトエンコーダによる距離計測の誤差は、路面によって異なるが、舗装道路で距離の0.5%である。
9 曲がり角
曲がり角で右折の指示を受けたら、ハンドルを少し持ち上げ右のキャスターを中心にして90度右回転する。
視覚障害者は90度向いて次の歩行区間を歩こうとしても、うまくいくとは限らない。ティーチングした曲がり角の地点より手前ならはフェンスが障害物として検出され、曲がり角の地点より先に進んでいれば道路が検出され“広場か交差点”と発話する からである。そこで視覚障害者は歩行器のハンドルを少し持ち上げ横方向に蟹のように歩いて次の歩行区間の道路を検出するようにしなければならない。
ナビゲーションの場合は、歩行区間の最初で“左側を”、“塀に沿って”と発話があっても左側の塀が検出されなければ、“歩行開始”の発話はない。
10 結び
ハイテク歩行器の問題点は、人で混雑した環境では距離画像が障害物で一杯になり歩行区間が検出できないので、音声指示が出来ず、利用できないことである。また、雪のあるところでは距離画像が得られず利用できない。
ハイテク歩行器は、
ハイテク歩行器は、
1) 視覚障碍者が単独歩行でき、朝の散歩や友人宅、郵便局、コンビニなど行くときに利用する。
2) 小型で使い方が簡単である。
3) ハンドルにつかまって歩くので安全である。
4) 電車やバス、車に乗せられる。
5) 安価である。
6) 白杖の併用により道路交通法規に抵触しない。
参考文献
[1]丹沢勉、森英雄"ステレオカメラによる歩行ガイドロボットの緩急認識"、RSJ2012AC3c2-7、2012年